カマグラ、ゼニカル、バイアグラの通販ベストくすり 俊傑憂憤の集い 北海道の民族派・保守派の重鎮、国士 上田三三生(ウエダササオ)先生の葬儀式(告別式)に、参列して来ました。
俊傑憂憤の集い集長渡邊喜楽の活動の一端をご紹介します。 また、不定期でグダグダではありますが雑感や自分自身が学んだ事などのメモ代わりとして使って行きます。意味不明なものはスルーしてくださいませ。
上田三三生(ウエダササオ)先生がご昇天されました。

images.jpg


10月12日 先生の葬儀式(告別式)に、参列して来ました。

棺をお送りする際は、斎場前では収まらず、歩道・車道に参列者が溢れてのお見送りとなりました。

上田先生は
標茶高校で初教壇に立たれた後、様々な道内高校へ着任し、最後は、新設の大麻高校初代校長として就任、教頭をはじめ教員を全て自身の意に叶う先生を集結させて、文武両道を極める北海道モデル校としてスタートしました。 

校長任期中は、週一回の全校集会の際に歴史人物講座をお話しされ、教科書には記載されていない、日本の偉人を紹介することにより、先人に学ぶこころ、先人に感謝するこころを説く事によって、生徒達に天皇陛下をはじめとする皇室を敬うこころ、祖国日本を愛するこころを教えて往かれました。

退職後、先生に育てられた卒業生達の熱い思いが先生を動かし、社会人にも先生の人物講座を広く聞いて頂くための数々の講演会や組織が作られました。その代表的なものに「望雲塾」があります。また、終戦の天皇のお言葉に「万世のために太平をひらく」の一句を献上し「平成」の年号を考案したと言われる陽明学者、安岡正篤先生の教学を後世に伝えている「北海道師友会」の理事長を勤められた事もあります。

前日本会議北海道本部議長。

大東塾不二歌道会の役員でもありました。

大東塾については↓を、ご覧下さい。
http://www.juno.dti.ne.jp/~d-kaikan/fuji.html

先生は、民族派、保守派、分け隔てすることなく、我々若い者達へ、人物講座を通して、先生が一番信奉する西郷南州翁の「敬天愛人」の極を説いて下さいました。 

20年に渡る人物講座、講座開催回数900回を超える勢力的な活動の他に、日本全国の講演に招かれ講演されました。
道外の活動を合わせると1000回を超えるようです。

経済人、財界人、思想活動家、保守活動家、神社関係者、教育者、宗教家、その他、ジャンルを問わず皇室の重要を説かれ、上田先生と会話された方は実感した事と思いますが、大変ふところが深く、大きな大きな愛情とオーラを感じたと思います。

誰が決めた訳でもなく、そのご存在は、いつの日からか、北海道の重鎮と信奉される様になりました。

2年程前、膵臓ガンが発見され、余命は半年とされていましたが、その病気を境に、全ての役職を引退され、この世での終焉を迎えられるまで、一日一日を。静かに大切に過ごされていたそうです。

そんな凄い先生なので、当たり前ですが、きっちりと死ぬ為の準備をされて来られたのでしょう。

葬儀委員長も、ご指名されており、葬儀委員長が困らぬようにと
ご自身の経歴などもしっかり書き残しておられたそうです。

会葬に参列した方々に先生の辞世の句が配られ、同じく不二歌道会の同士であられる「有馬先生」が、その辞世の句と弔歌を吟じました。

上田先生の辞世の句

39162870_1323594377.jpg






以上、私が知る限りの先生の経歴をご紹介させていただきました。

10月というのは、国士がお亡くなりになる因縁の月なのでしょうか。

たくさんの様々な先人・先輩の功績があっての、我々なのだと、深く感じる最近である。




【2009/10/12 17:12】 | 未分類
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
カマグラ、ゼニカル、バイアグラの通販ベストくすり