カマグラ、ゼニカル、バイアグラの通販ベストくすり 俊傑憂憤の集い 牧田吉明という元爆弾男が昇天したの巻①
俊傑憂憤の集い集長渡邊喜楽の活動の一端をご紹介します。 また、不定期でグダグダではありますが雑感や自分自身が学んだ事などのメモ代わりとして使って行きます。意味不明なものはスルーしてくださいませ。
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牧田吉明という元爆弾男が昇天したの巻①

私がクモ膜下出血で入院した直後の平成22年6月1日、牧田吉明さんは、自宅で死亡しているのが発見された。
死亡する半月程前の牧田さんのブログによると、心臓発作で入院したのに、「深夜追いすがるナースちゃんを振り切って脱走した」と書いてある。
まったくもって牧田さんらしい。 きっと脱走して帰って来て酒をあおっていたのでしょう。  
牧田さんの最期のブログ更新は5月27日となっている。 文才があって、世俗を揶揄したり、独特の批評感覚を持った牧田さんを今も見ることが出来る。
http://blog.goo.ne.jp/tosotuten567

牧田さんとの出会いは、政治活動とは全く関係が無い別の出会いであった。
私が22・23歳位のときだったと思うが(もう20年位前)、その頃、牧田さんは小樽市塩谷というところで、ワイン葡萄を栽培したり、鶏の卵を生産していた。大本教神道式で葡萄畑の植樹祭(御祓い)をしてほしいということから、共通の
知人であった画家の越後光詞さんを通して、お話があり、畑の御祓いを奉仕したのがハジマリであった。 
私は、その頃は、大本教の青年部活動に没頭していた時期で、政治活動などとは無縁であった。
もちろん、牧田吉明という人物も全く知らなかった。
 「この人、昔ね~、ピース缶で爆弾作ったテロリストなんだよ~」と今思えば左翼の活動家らしき青年に言われたのだが、興味が無いから「あっそう!」と、気にも留めなかった。
御祓いをしたあと、「畑で鳥鍋をするから来て下さ~い」とか、お誘いを受けたりして、何度かお邪魔し、秋には収穫祭なるものを神道式でさせていただいた。
そんなこんなで、神斎主と施主の関係から、俗に言う「お友達」 になった。

(一緒にあっちこっちに出没していた時期もあったので年齢差を見ると師弟関係にも見えたでしょうね、師弟の関係ではないのに、、、、よく牧田の舎弟だと間違われた事もアル(笑) )

数年後、野村秋介先生の著書「さらば群青」を友人から頂いたのをきっかけに、野村先生の著書を色々拝読した。
その中に牧田吉明という人物が度々登場するのを見て、ある日、「野村秋介先生の本に牧田さんと同じ名前の人が出てくるんですよ~」と話したら、「あ~それ僕です・・・」って・・・・・
いやいや、ビックリでした。。。 
それからというもの、会うたびに、野村秋介先生や、阿部勉先生の事、ブントにボコボコにされた話や、新左翼や新右翼の話、
出口王仁三郎翁の話、頭山満翁、内田良平翁の話、様々な天下国家の云々を、酒を酌み交わしながら、朝まで話した。 

「昔の左翼は、反日ではなかったんだよ」という牧田さんの言葉が淋しそうだったのを覚えている。

そういう言動から伺えるのが、新左翼とかアナキストと呼ばれた時代があったのだろうが、天皇陛下や御皇室に思いを馳せる事が出来る同じ日本人なんだなと思わせる言動も多々あった。

・・・・牧田吉明という元爆弾男が昇天したの巻②に続く・・・・ (その内、気が向いたら②書きます。)



【2010/08/23 17:20】 | 未分類
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2011/06/28(Tue) 10:40 |   |  #[ 編集]
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